あらすじ
1.寂昭が不思議な木こりと出会う
- 寂昭法師が旅の末に清涼山にたどり着き石橋と思しき橋を見つけます
- 突然辺りが雲に覆われ、音がしなくなり、不思議な木こりが現れます
- 木こりは目前にあるのが石橋であり文殊菩薩の浄土に続くものであると教えます
- 寂昭が喜び、橋を渡ろうとすると・・・
2.不思議な木こりは寂昭を留め、石橋について語る
- 高名な僧侶であっても簡単に渡ることのできないものだと伝えます
- 石橋は人が作ったものでなく、恐ろしく高い位置に不安定にかかっているのだと教えます
- 間もなく浄土から奏でられる音楽が聞こえ、神仏の奇跡を見ることができるであろうと言い残し木こりは去ります
3.仙人が現れ石橋の由緒などを語る(宝生流では無し)
4.獅子が現れて舞を舞う
対訳
ワキ | これは大江の定基といはれし寂昭法師にて候 | 私は俗名を大江定基と呼ばれた寂昭法師で御座います |
われ入唐し渡天佛跡を拝み | 私は中国に行き、其処からインドに渡り仏跡を拝み | |
育王山より始めて | 中華五山である阿育王山から始めて | |
かなたこなたを拝み廻りて候 | あちらこちらと拝みめぐって居ります | |
これはまた清涼山に到りて候 | そして今、清涼山(本来は中国山西省の五台山)にたどり着きました | |
これに見えたるが石橋にてありげに候 | ここにあるのが話に聞く石橋のように見受けられます | |
暫く人を待ち委しく尋ね | 人が来るのを待って詳しく尋ねて | |
此橋を渡らばやと存じ候 | この橋を渡ろうと思います | |
シテ【ツレ】 | (一声) | (シテが登場します) |
松風の | (訪れる人もいない)松林の中を渡る風が | |
花を薪に吹き添へて | 背に負う薪に花びらを吹き添えて | |
雪をも運ぶ山路かな | 雪を運んでいるかのような幻想的な山路で御座います | |
シテ【ツレ】 | 山路に日暮れぬ樵歌牧笛の声 | 山路に日は暮れてしまい、木こりの歌や牧童の吹く笛の音が響く |
人間万事様々の | 人それぞれに、幸不幸、様々な出来事がある | |
世を渡りゆく身の有様 | 世の中を渡っていくのが人間というものですが | |
物毎に遮る眼の前 | 目の前を通り過ぎる物事のみを捉えて | |
光の影をや送るらん | 日々を送るのであろう | |
下歌 | 下歌(さげうた) | (低い音程で短い詩を詠います) |
余りに山を遠くきて | あまりにも山深くにやってきて | |
雲又跡を立ち隔て | 雲が来た跡を隔て隠す | |
上歌 | 上歌(あげうた) | (高い音程で景色と心情を詠い上げます) |
入りつる方も白波の | 山に立ち入った方角も(白波にかき消されたように)もうわからない | |
入りつる方も白波の | 山に立ち入った方角ももうわからない | |
谷の川音雨とのみ聞えて | 谷川の音は雨音のように微かに聞こえて | |
松の風もなし | 松を渡る風の音もない | |
げにや謬つて半日の客たりしも | これはまことに、「謬ちて仙家に入りて 半日の客たりといへども」のような | |
※(和漢朗詠集・大江朝綱) 〈間違って仙境に迷い込み半日のつもりが長い年月が経ってしまう〉 | ||
今身の上に知られたり | いま、自分の身の上に起こったように感じたよ | |
今身の上に知られたり | いま、自分の身の上に起こったように感じたよ | |
ワキ | いかにこれなる山人に尋ぬべき事の候 | もしもし、そちらの山の人に尋ねたいことがございます |
シテ【ツレ】 | 此方の事にて候か | 私のことで御座いますか |
何事を御尋ね候ふぞ | 何をお尋ねになりたいのでしょうか | |
ワキ | これなるは承り及びたる石橋にて候ふか | これは話に聞くあの、有名な石橋で御座いましょうか |
シテ【ツレ】 | さん候これこそ石橋にて候へ | 左様でございます。これこそあの石橋で御座います |
向は文殊の浄土清涼山 | 橋の向こうは文殊菩薩の浄土の清涼山です | |
よくよくおん拝み候へ | よくよく拝みなさいませ | |
ワキ | さては石橋にて候ひけるぞや | やはり石橋でございましたか |
さあらば身命の仏力にまかせて | そうであれば身命を仏力に委ねて | |
この橋を渡らばやと思ひ候 | この橋を渡ろうと思います |
シテ【ツレ】 | 暫く | しばしお待ちなさい |
そのかみ名を得給ひし高僧たちも | 当時有名であった高僧たちも | |
難行苦行捨身の行にて | 難行苦行、身を捨てる覚悟の修業をして | |
ここにて月日を送り給ひてこそ | ここで月日を送られてようやく | |
橋をば渡り給ひしにか | この橋をお渡りになられたとか | |
獅子は小虫を食はんとても | 獅子は小さな虫を食べようとするときでも | |
まづ勢をなすとこそ聞け | まず、勢いをつけると聞きます | |
我が法力のあればとて | 自分が法力を持っているからと言って | |
行く事難き石の橋を | 行くことの難しい石の橋を | |
たやすく思ひ渡らんとや | 簡単に思って渡れると思ってしまうとは | |
あら危しの御事や | あぁ、危ういことで御座います | |
ワキ | 謂を聞けばありがたや | 謂れを聞くにつけ、有難いことで御座います |
唯世の常の行人は | 世の並みの修行者では | |
左右なう渡らぬ橋よなう | そう簡単には渡ることはできない橋であったのだなぁ | |
シテ【ツレ】 | 御覧候へ此瀧波の | 御覧なさいませこの滝の波を |
雲より落ちて数千丈 | 雲から落ちて数千丈 の高さにあるのです(千丈≒3,000m) | |
瀧壺までは霧深うして | 滝壺までは霧が深く | |
身の毛もよだつ谷深み | 身の毛もよだつほどの谷の高さです | |
ワキ | 巌峨々たる岩石に | 大きな岩の峨々たる(険しく聳え立つ)岩石に |
僅にかかる石の橋の | わずかにかかる石の橋は | |
シテ【ツレ】 | 苔は滑りて足もたまらず | 苔は滑って足元もおぼつかなく |
ワキ | 渡れば目もくれ | 渡れば目もくらみ |
シテ【ツレ】 | 心もはや | 気もそぞろになります |
地 | 上の空なる石の橋 | 天空にある石の橋 |
上の空なる石の橋 | 天空にある石の橋 | |
まづ御覧ぜよ橋もとに歩み望めば此橋の | まず、御覧なさい 橋の近くに歩み寄り見ればこの橋の | |
おもては尺にも足らずして | 幅は1尺(約30㎝)にも足らず | |
下は泥梨も白波の | 下は泥梨(ないり=奈落)かと思うほどである。白波が立ち | |
虚空を渡る如くなり | 何もない空中を渡るようです | |
危しや目もくれ心も | 危ないことに目も眩み、心も | |
消え消えとなりにけり | 消えそうになるようで気が遠くなります | |
おぼろけの行人は | 通り一遍の修行者では | |
思ひもよらぬ御事 | 渡ることが出来るなどとは思いもよらないことです | |
地 | それ天地開闢のこの方 | 天地開闢の時から |
雨露を降して国土を渡る | 雨露を降らせて橋を作り、神々がこの世界に渡ってこられたもので | |
これ即ち天の浮橋ともいへり | これをすなわち、天の浮橋ともいうのです。 | |
シテ【ツレ】 | そのほか国土世界に於て | そのほかにも、この国土、さらには世界中には |
橋の名所様々にして | 橋の名所は様々にあり | |
地 | 水波の難を遁れ | 水害の難を逃れ |
万民富める世を渡るも | 人々が富栄える世を渡ることが出来るのも | |
即ち橋の | すなわち橋の | |
徳とかや | 徳であるなぁ | |
然るに此 | ところでこれ、 | |
石橋と申すは人間の渡せる橋にあらず | 石橋と言うのは人間が渡した橋ではありません | |
おのづと出現して | 自然に出現して | |
つづける石の橋なれば石橋と名をなづけたり | 繋がって続いていった石の橋であるので石橋と名前を付けたものです | |
その面僅に | その幅はわずかに | |
尺よりは狭うして | 1尺(約30㎝)より狭く | |
苔はなはだ滑かなり | 表面に生えた苔はつるつると滑らかです | |
其長さ三丈余 | その長さは三丈(9m)余りあり | |
谷のそくばく深き事 | 谷の甚だ深いこと | |
千丈余に及べり | 千丈(3,000m)以上に及んでいます | |
上には瀧の糸 | 上には滝の流れが糸のように | |
雲より懸りて | 雲よりかかって | |
下は泥梨も白波の | 下には奈落かと思うほどで白波の | |
音は嵐に響き合ひて | 音は嵐のように響き渡り | |
山河震動し | 山と言わず川と言わず振動し | |
天つちくれを動かせり | 天地を揺るがしています | |
橋の景色を見渡せば | 橋の全景を見渡せば | |
雲に聳ゆる粧の | 雲にそびえる装いを | |
たとへば夕陽の雨の後に虹をなせるすがた | 例えるならば夕日が雨の後に虹を架ける姿 | |
又弓を引ける形なり | また、弓を引いた形です | |
シテ【ツレ】 | 遥に臨んで谷を見れば | 遥か谷底を覗き見れば |
地 | 足冷ましく肝消え | 足はすくみ、肝を潰し |
進んで渡る人もなし | 自ら進んで渡る人もいない | |
神変仏力にあらずは誰か此橋を渡るべき | 神仏の力を借りることなく誰がこの橋を渡ることが出来ようか | |
向は文殊の浄土にて | 向こうは梵珠菩薩の浄土であるから | |
常に笙歌の花降りて | 常に笙、歌などの妙なる楽が花とともに降り注ぎ | |
笙笛琴箜篌夕日の雲に聞え | 笙、笛、琴、箜篌(竪琴)の音が夕日(西からの光)に輝く雲から聞こえ | |
来目前の奇特あらたなり | 眼前に霊験あらたかな仏の奇跡が現れます | |
しばらく待たせ給へや | しばしお待ちください | |
影向の時節も | 影向(神仏が仮の姿をとって現れる)時間は | |
今いくほどによも過ぎじ | もう間もなくです | |
中入り | 場面が変わります |
アイ | 間狂言 | 仙人が現れ石橋の由緒などを語る(宝生流では無し) |
獅子舞 | ||
地 | 獅子団乱旋の舞楽のみぎん | ”しし””とらでん”の舞楽のおり |
(舞楽の秘曲 盤渉調の「獅子」と壱越調の「団乱旋」の二曲) | ||
獅子団乱旋の舞楽のみぎん | ”しし””とらでん”の舞楽のおり | |
牡丹の花房にほひ満ち | 牡丹の花房の匂いが満ち | |
牡丹の花房にほひ満ち | 牡丹の花房の匂いが満ち | |
大巾利巾の獅子頭 | ”たいきん””りきん”(獅子頭の種類)の獅子頭 | |
打てや囃せや | 打てやはやせやと頭を振って舞うと | |
牡丹芳牡丹芳 | 牡丹の香はどんどん芳しさを増し | |
黄金のずい現れて | 開いた花弁から金色に輝く蕊が現れて | |
花に戯れ枝に伏し転び | 獅子は花に戯れ枝に伏し転ぶように舞う | |
げにも上なき獅子王の勢 | これ以上のものはないであろう獅子王の勢い | |
靡かぬ草木もなき時なれや | 靡かない草木もない時であることよ | |
万歳千秋と舞ひ納め | 万歳千秋(泰平の世がいつまでもつづくようにと)と舞を納め | |
万歳千秋と舞ひ納めて | 万歳千秋と舞を納めて | |
獅子の座にこそ | 獅子の座(獅子は文殊菩薩の乗り物で有る為、文殊菩薩の下)に | |
(本来は獅子が百獣の王である事から、最も高位の者が座る場の意) | ||
なほりけれ | 戻っていきました |