シテ | 誰にてわたり候ぞ | いらっしゃったのはどなたで御座いましょうか |
ワキ | これは宣旨にて候 | 帝の命令を伝えに参りました |
| さても小督の局の御行方 | さて、小督の局の行方について |
| 嵯峨野の方に御座候ふ由聞し召し及ばせ給ひ | 嵯峨野の方にいらっしゃるという話をお聞きになられて |
| 急ぎ尋ね出で此御書を与へよとの宣旨にて候 | 急いで行方を探し訪ね、この手紙を渡すようにとのご命令で御座います |
シテ | 宣旨畏つて承り候 | 宣旨かしこまって承りました |
| さて嵯峨にてはいかやうなる所とか申し候ぞ | さて、嵯峨のどのような場所に居られると言うお話で御座いましょうか |
ワキ | 嵯峨にてはただ片折戸したる所とこそ聞し召されて候へ | 嵯峨にある、片折戸のある所とだけお聞きしております |
| げにげに左様の賎が屋には | 確かにそのように粗末な家には |
| 片折戸と申す物の候 | 片折戸と言う物がございます |
| 殊更今夜は八月十五夜明月にて候に | とりわけ今夜は8月15日の中秋の名月の日でございますので |
| 琴彈き給はぬ事あらじ | 琴をお弾きにならないなどという事はございませんでしょう |
| 小督の局の御調をば | 小督の局の琴の音を |
| よく聞き知りて候なり | よく聞き知っております |
| 御心やすく思しめせと | ご安心くださいませと |
| 委しく申し上げければ | 細やかに申し上げたならば |
ワキ | この由奏聞申しければ | この事を帝に奏上致したならば |
| 御感の余り忝くも | 帝は大変お喜びになられ、畏れ多いことに |
| 寮のお馬を給はるなり | 帝の愛馬を賜りました |
シテ | 時の面目畏つて | 名誉なことと謹み承って |
地 | やがて出づるや秋の夜の | ただちに秋の夜に出かける |
| やがて出づるや秋の夜の | ただちに秋の夜に出かける |
| 月毛の駒よ心して | 月毛の馬(明るいクリーム色の馬)よ心構えして |
| 雲居に翔れ時の間も | 遠くへと駆けなさい。少しでも速くと |
| 急ぐ心の行方かな | はやる心は嵯峨野に向かうのです |
| 急ぐ心の行方かな | 逸る心は嵯峨野に向かうのです |
中入り | | 場面が変わります |