能 小督(こごう)

ワキこれは高倉の院に仕へ奉る臣下なり私は高倉院にお仕えする臣下で御座います
さても小督の局と申してさて、小督の局と申しまして
君の御寵愛の御座候我が主君が深く寵愛なされる方がございますが
中宮は又正しき相国の御息女にて御座候間高倉院の正妃はまさに平清盛のご息女で御座いますので
世の憚を思し召しけるかその権勢を恐れ、憚られたのか
小督の局暮に失せ給ひて候小督の局はその姿をお隠しになったので御座います
君の御歎き限なし主君のお嘆きは限りなく
昼は夜の大殿に入り給ひ昼はご寝所にお入りになられ(嘆き暮らし)
夜は又 南殿の床に明かさせ給ひ候ふ所に夜はまた、正殿にお出ましになられ(月を眺めて)夜を明かしておられたところに
小督の局の御行方小督の局の行方が
嵯峨野の方に御座候ふ由聞し召し及ばれ嵯峨野の辺りに居られるとの話をお聞きになられて
急ぎ弾正の大弼仲国を召して急いで側近であり、弾正の大弼である源仲国を召し出して
(弾正=都の警察機構)(大弼=次官)
小督の局の御行方を尋ねて参れとの宣旨に任せ小督の局の消息を尋ねさせて来るようにとの宣旨を受け
唯今仲国が私宅へと急ぎ候ただ今、仲国の私邸へと急いでおります
いかに仲国のわたり候ふかもしもし、仲国はご在宅であろうか
シテ誰にてわたり候ぞいらっしゃったのはどなたで御座いましょうか
ワキこれは宣旨にて候帝の命令を伝えに参りました
 さても小督の局の御行方さて、小督の局の行方について
 嵯峨野の方に御座候ふ由聞し召し及ばせ給ひ嵯峨野の方にいらっしゃるという話をお聞きになられて
 急ぎ尋ね出で此御書を与へよとの宣旨にて候急いで行方を探し訪ね、この手紙を渡すようにとのご命令で御座います
シテ宣旨畏つて承り候宣旨かしこまって承りました
 さて嵯峨にてはいかやうなる所とか申し候ぞさて、嵯峨のどのような場所に居られると言うお話で御座いましょうか
ワキ嵯峨にてはただ片折戸したる所とこそ聞し召されて候へ嵯峨にある、片折戸のある所とだけお聞きしております
 げにげに左様の賎が屋には確かにそのように粗末な家には
 片折戸と申す物の候片折戸と言う物がございます
 殊更今夜は八月十五夜明月にて候にとりわけ今夜は8月15日の中秋の名月の日でございますので
 琴彈き給はぬ事あらじ琴をお弾きにならないなどという事はございませんでしょう
 小督の局の御調をば小督の局の琴の音を
 よく聞き知りて候なりよく聞き知っております
 御心やすく思しめせとご安心くださいませと
 委しく申し上げければ細やかに申し上げたならば
ワキこの由奏聞申しければこの事を帝に奏上致したならば
 御感の余り忝くも帝は大変お喜びになられ、畏れ多いことに
 寮のお馬を給はるなり帝の愛馬を賜りました
シテ時の面目畏つて名誉なことと謹み承って
やがて出づるや秋の夜のただちに秋の夜に出かける
 やがて出づるや秋の夜のただちに秋の夜に出かける
 月毛の駒よ心して月毛の馬(明るいクリーム色の馬)よ心構えして
 雲居に翔れ時の間も遠くへと駆けなさい。少しでも速くと
 急ぐ心の行方かなはやる心は嵯峨野に向かうのです
 急ぐ心の行方かな逸る心は嵯峨野に向かうのです
中入り 場面が変わります